副住職がつれづれに時節折々のさまをお伝えします。
日々の綴り
日々の綴り
蘇鉄の花
蘇鉄は、弱った時に根元に鉄釘をさすと蘇ったという逸話からその名がつけられた樹木です。
境内にある蘇鉄の木に花が咲きました。十年に一度あるかといわれるとても珍しい蘇鉄の花です。
私も花が咲くのを初めて見たのですが、、、この黄色い棒状の花が咲くのが雄の木なのです。つまり、境内にある蘇鉄が雄だったということを初めて知ったのです。
次にこの木が花をつけるのは何年後になるのか、、、
数年前大流行したSMAP『世界に一つだけの花』
「NO.1にならなくてもいい
もともと特別なOnly one
花屋の店先に並んだ
いろんな花を見ていた
ひとそれぞれ好みはあるけど
どれもみんなきれいだね
この中で誰が一番だなんて
争う事もしないで
バケツの中誇らしげに
しゃんと胸を張っている
それなのに僕ら人間は
どうしてこうも比べたがる?
一人一人違うのにその中で
一番になりたがる?
そうさ 僕らは
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かさせることだけに
一生懸命になればいい」
こんな、歌詞がいたるところで流れていました。
十年に一度、枯れず、釘を打ち込まれ、大地に根を張り、雄々しい花を咲かせる蘇鉄。
みなさまはそんな蘇鉄の花に何を想うでしょうか?
軽井沢青松寺別院にて眼蔵会
二泊三日の日程で、長野県軽井沢にあります青松寺別院様において眼蔵会が行われました。
禅の修行道場であります永平寺、その永平寺を開かれた道元禅師さまには『正法眼蔵』という九十六巻(諸説あり)にもおよぶ大変難解な書物があります。
その書物の講義を受ける会です。朝の坐禅から始まり、朝課諷経、坐禅道場での精進料理、坐禅を組みながら講義と受け、日中諷経、坐禅道場での精進料理、講義、晩課諷経、坐禅道場での薬石、講義、、、と
坐禅を何時間もくみ仏法の教えに向き合います。
講師をお勤めくださったのは、古坂龍宏老師です。言葉の上だけでなく、そのお姿やたたずまい全身で語るその仏法の姿に、私をとりまく大自然と同じ命の力が溢れているように感じるのです。
同じ言葉、短すぎる言葉にもかかわらず、その発する人によって全く深みが変わるものがある。それは、どのような職業でも生き方でも、偽りなくその道を歩み続けた人が身につけた言葉だからなのでしょう。
私自身、口先だけの人間、重みのない人間、にならぬようしっかりと道を歩んでいきたい。
そんな想いを新たにした眼蔵会でした。
早朝坐禅会が行われました。
花祭り
奈良康明先生の言葉
墓地より見える、観音山に沈む夕日と花吹雪です。
この度は、昨年末に亡くなられた奈良康明先生の言葉を紹介します。駒沢大学の総長を務め、晩年まで曹洞宗第一修行道場である永平寺において西堂として、私たちを僧侶を接化し続けた方の言葉です。
「慈しみの心は訓練して育てるものである」
「誰って自分を大切に思う、同じように他者も自分自身を大切に思う。だから自分と同じように他者のことを考え思いやりをもって接しよう」
「さまざまな人と関わる中で腹の立つこともある。実践することの難しさを実感する」
「しかし、自分に言い聞かせて努力するうちに、身についてゆく」
そんな言葉を残されました。人を思い遣るというのは、誰でも知っている当たり前のことです。しかし、それを実践する難しさ。
一生涯努力し、自らに言い聞かせ実践してきた先生の言葉は、これから私たちがどう生きていかなければならないか、考えさせられます。







