ある会社の方たちが、研修ということで夜坐禅に来てくざさいました。
曹洞宗の本山である、福井県の山奥にある永平寺。禅の修行道場として鎌倉時代に開かれました。
私も数年前までそこで修行させてもらっていましたが、今でも朝晩に坐禅をしています。
時間になおせば、朝晩それぞれ一時間半くらい。
朝の坐禅を暁天坐禅といい、薄暗い坐禅道場の中、日の昇る前から、朝日が顔を見せるまで坐ります。
夜の坐禅を夜坐といい、就寝する直前まで坐り続けます。
両の膝とお尻の三点で体を支え、坐蒲に腰を下ろすころで起き上がった骨盤に頭のてっぺんからまっすぐに重心をしたに下ろしてあげる。畳に根を張るかのように坐る。
人の本来の呼吸、人が寝ているときのような、深い深い腹式呼吸に戻してあげる。
心を心のままに、頭に浮かんできたものを自分の我でこねくり回し落ち込んだりイライラしたりしない。浮かぶに任せそのままに。
なんの生産性のもない時間の無駄な使い方という方もあるでしょう。なんて贅沢な時間の使い方だという方もあるでしょう。
でも私は自分の身心が生きていることに向き合うことは何よりも大切だと思うのです。
頼まれなくても動いてくれている心臓があって、さまざまな音が聞こえてきて、さまざまな香りに囲まれいることに気づく。呼吸にさえ気づいていない私たち。
普段私たちはそんなことさえも気づかず忘れていませんか?
修行中、正直坐っていると、足はものすごい痛いし、雪深いところですので凍えるように寒い、睡眠不足で眠い、心の葛藤、ただ坐っていること、何もしないということがここまで辛いのかと思いました(笑)
でもそれも含めて私たちに大切なことを教えてくれているのだと思うのです。
