「魂のゆくえ」

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「人が亡くなると、魂はその人が愛したモノのところへゆく」

とある講義での、青森県下北半島にある恐山院代南直哉老師の言葉、イタコで有名な恐山の院代の言葉が私の耳にいつまでも残っています。

その後、南老師は「だから私たちは、亡くなった人のことを思い出すんだ。思い出したくなくたって、思い出していしますのはそのせいだ」と、言ったのです。

私たちは、大切な方が亡くなってしばらくたっても、食事の最中、「あぁこれ好きだったな」「これは嫌いだったな」と思い出したり、箪笥や手紙の整理をしている最中、思い出が溢れてきたりと、ふと瞬間に何故かいろいろなことを思い出すことがあるのではないでしょうか?

 

魂、そんな不確かなもの、眼で見たこともないもの信じないという方も多いことでしょう。しかし、大和魂といえば、日本人として生きる意味と価値です。武士の魂といえば、サムライとして生きる意味と価値です。その魂から溢れでたものが私たちの生き様です。魂とは、不思議なことに昔からこの自身の命の意味や価値を表すものでもありました。

こんなことないでしょうか?周りの人に、日常の何気ない仕草や口調、食事のとり方など、さらには後ろ姿まで、

「そうゆうころ亡くなったお父さんに似てきたね」

「だんだんおかあさんにそっくりになってきちゃて」

なんて言われたこともあるのではないでしょうか?私たちの心、人や家の中、さまざまな場所に亡き方の姿は見えなくても、その生き様が染み込んでいて、きっとそれが亡き方の魂のゆくえなんだと、そう私は思うのです。

2017年6月30日