供養、供養、と言葉では聞くけれどどんな意味があるのか?
「養う」というのは、亡き方の冥福を祈り安らか眠れるよう、その想いを「供える」から供養でという字を書きます。伝統的にはそう解釈されてきましたが、 私はそれだけではないと思うのです。インドのベンガル地方に残る伝統的な仏教では、葬儀のさい、亡き方が残された私たちにしてくれた善きことを一つ一つ枕元でみんなで数えてゆく、そんな風習がのこっています。なぜその場で、亡き方のご縁に繋がる人たちが集まりそんなことをするかといえば、亡き方が私たちの心、魂の残してくれたことを確認して、今度はその善い行いを一つ一つ自分のこととして、これからの生活の中で実践しともに生きるということからです。それこそ生と死を超えて「供養」読んで字通りともに養しないあうって生きてゆくということなのです。この「共」と「供」ほとんど同じ意味がありますけれど、一番の違いは人偏です。人という字が付くところです。お線香をあげる、法要をすることもそうですが、亡き方が悲しむような生き方しないで元気でやってるよって言えることが一番の供養なのではないでしょうか。
